「レイキ」の成り立ち
「レイキ」とは、19世紀の終わりの日本で、臼井甕男(ウスイ・ミカオ)【1865年~1926年】という人が「宇宙の霊気に基づいて心身を健全にする法」として、「臼井式霊気療法」を創始したのが始まりです。
臼井先生は、古代世界では普遍的に用いられていた、宇宙のエネルギーを利用したハンド・ヒーリングの技法を近代において再発見したとされます。
日本では戦前の健康ブームで、この「臼井式霊気療法」を中心に、「手当て療法」が盛んに行われていましたが、戦争、そして敗戦後の近代的合理主義教育の中で、静かに忘れられていきました。
この「臼井式霊気療法」が、偶然にも世界に伝えられ普及される過程で、時代に応じてアップデートされながら、世界的なハンド・ヒーリングのシステムの一つとして確立してきたのが「レイキ」です。
「レイキ」の再発見
臼井先生は、この療法を、京都の鞍馬山の山中にて、21日間の断食、瞑想を行い、21日目に脳の中心部に落雷を受けたような衝撃を感じ、生命エネルギーに満たされ、光の中で悟りとシンボルを得て、霊気療法を感得したと言われます。その後、臼井先生は、これは個人によって独占すべきものではなしとし、教義と指導体系を作って普及にあたりました。
現在、京都の鞍馬山は、レイキ発祥の地として、世界中のレイキ実践者の聖地とされています。
「レイキ」の世界への伝播
臼井甕男先生によって完成された臼井式霊気療法は、林忠次郎(1879年~1941年)を経て、ハワイ在住のハワヨ・タカタ女史(1900年~1980年)に継承されました。
所謂「レイキ」「Reiki」と呼称されるカタカナや英語表記のレイキは、タカタ女史がハワイで育てた22人のお弟子さんから世界各地に広まったテクニックです。アメリカ・イギリス、ドイツ・オーストラリア・インド等では体験者が数百万と言われている程、広く普及しています。1980年代の後半から日本にも逆輸入という形で広まりつつあります。
※日本にも林先生以後、脈々と霊気療法学会は継承されていましたが、会員制で門戸が狭く、一般には中々伺うことができない療法でしたが、最近になって“直伝霊気”という形などで、公に広まりつつあります。
海外のレイキは、ニューエイジ運動やスピリチュアル運動の影響から、日本の手当て療法という病気治しのイメージから、緩やかなヒーリング・テクニックへと発展していきました。
現在、臼井先生以来の伝統霊気、海外式のレイキ、それらの融合型、独自のメソッドを組み込んだ発展系など、さまざまな形で実践されています。